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真面目に働いているけど、
なぜ、ぼんやり不安なのか?
突然ですが——あなたは、このような経験をお持ちではないでしょうか?
- 情報が多すぎて、次の一手をどう打つべきか、何から手をつけるべきかわからない。
- 自社に足りないものを補うのに、誰と、どこまで組むべきかわからない。
- 差別化するための材料が見つからず、価格を維持するアイディアが浮かばない。
- 社員の意識に温度差があり、適材適所を見出すのに苦労している。
- こうした課題や違和感を解決したい。でも、毎日忙しくて、向き合う時間がない。
- ふと「自分は何のために働いているのか?」と感じてしまうことがある。
もし、ひとつでも当てはまるものがあるなら——このページは、きっと読み進める価値があるはずです。なぜならここに書いたのは、短期的に成果を出す方法や、小手先のビジネスノウハウではなく、「なぜ今、私たちはこのような時代を迎えているのか」、その前提を問い、一見ビジネスに無関係なところから、経営の近道を探る本質的な話だからです。
まず、お伝えしたいこと。あなたの経営が下手なのではありません。そもそもあなたは、社会に出る前に「経営」を学ぶ機会がなかったのではないでしょうか?
日本の現在地
いま日本全体が、
同じ混乱の渦中にいる。
賃金は30年横ばい。「みんなで少しずつ貧しくなる」なかで、値づけの主導権は失われ、地方の商いはやせ細っていく——。社会システムそのものが行き詰まり、一部を除いた多くの人が、下りのエスカレーターに乗っているようなものです。なぜこうなったのでしょうか?
日本の名目GDPが世界に占める割合
そしてこれは、日本だけの話でもありません。1970年代、先進国では「ものづくり」が割に合わなくなり、お金は「金融」と「IT」へ流れ込みました。以来50年。生産を海外へ移した企業と、それに投資する人々が栄える一方で、働く人と地域は置き去りにされ、アメリカでは上位1%が個人資産の4割を握るまでに格差は拡大しました。家族・地域・会社という「人の輪」は解体され、あとに残ったのは、バラバラの個人と、規則で人を縛る仕組みだけ。
30年
日本の賃金は横ばいのまま
50年
お金は「金融」と「IT」へ流れ続けた
4割
米国では上位1%が個人資産の4割を握る
その果てに広がっていたのは、限られた市場のパイを奪い合う“ゼロサムゲーム”です。勝者と敗者は分断され、勝った者さえ、次は奪われる番だと怯えている。論理と数字で勝ち負けを競う、欧米型のグローバル資本主義そのものが、限界を迎えているのです。
物質的な豊かさに満たされ、インターネットですべての人が接続され、これまでの仕事の多くをAIが代替していくいま、気づけば私たちは、何を土台にして立ち、何を仕事とし、何を提供すべきかが、わからなくなっています。その苦しさの正体は、お金ではありません。日々の判断や価値の基準、心の拠り所の喪失です。
では、どうするか
流れを変えるのは、
私たち起業家ではないか。
では、この混迷の渦からどう抜け出すのか。先に、はっきりさせておくべきことがあります。これは世界を包みこんだ社会的な問題であり、この呪縛から、個人の努力だけで逃れることは不可能です。個人的に節約しても、働き方を変えても、一時的にお金を稼いでも、世間の大きな流れを変えなければ、やがてその流れに飲み込まれてしまいます。この下りのエスカレーターから、登りのエスカレーターに乗り換えなければ、意味がありません。
そして、この流れを変えるのは、政治でも救世主でもなく、ほかでもない私たち起業家ではないでしょうか?ビジネスという自由な言論空間を使って、商品やサービスにメッセージを込め、価値を生み出しながら社会の意識を変えていくのは、実は私たちビジネスリーダーの使命なのです。
では、この答えのない現代を生きる私たち起業家に今、必要なものは何か?それは目先の利益を得るノウハウでも、AIの専門家になることでもありません。複雑な社会を総合的に見て、自分の頭で判断する——論理を超えた「野生の直感力」です。言い換えれば「言葉で説明できないけれど、そうなんだ」というものを感じ取る力。審美眼と言ってもいいでしょう。
なぜなら世界はつながっており、地球の裏側で何が起きていて、それがなぜ起こっているか?玉石混交の情報の中から、真実を選び取れなければ、今ここの未来は予測できないからです。
では、その「直感力」はどこで育つのでしょうか?答えは、眼の前の経済指数やネットの情報ではなく、もっと深いところにあります。
歴史に学ぶ
答えは、私たちが
学べなかった「歴史」の
なかにある。
思い出してください。かつてこの国は、江戸の世、260年の平和と循環の暮らし——世界史上でも稀な、持続可能な文明を築いていました。物を使い切り、直して使い、土に還す。武士も商人も農民も、それぞれの持ち場で学問に励み、藩校と私塾が列島の隅々まで知を灯していた。その土台があったからこそ、「和魂洋才」を旗印に開国し、日本はわずか数十年で近代国家を打ち立て、高度経済成長を成し遂げました。
けれどこの路線には、最初から矛盾が潜んでいました。洋才(西洋の道具)で、和魂(日本の精神)を守るという矛盾です。武士道という精神の土台が支えているあいだは、均衡が保たれていました。しかしその土台が失われ、幾度もの恐慌と大災害が続くなかで、日本は自らの生き方を見失い、拡大と成長の果てに敗戦を迎えます。
そして戦後。私たちは戦前の歴史をまるごと「なかったこと」にして、経済成長だけを追いかけました。
つまり、戦前と戦後で、重要な思想の流れが断絶されてしまったのです。断ち切られたのは政治や制度だけではありません。先人たち——この国の天才思想家たちが命がけで積み上げてきた「伝統」そのものが、そこで途切れました。この「伝統」こそが私たち日本人の当たり前を定義し、論理を超えた直感を呼び起こすものだったはずなのです。私たちはこれを「学ばなかった」のではありません。学ぶ機会を奪われてきたのです。
先人が何を考え、どこで道を誤り、何を守ろうとしたのか。その失敗と成功の記憶を引き継がないまま、欧米型の経営と成功法則だけを輸入し続けて、80年が経ちました。
この断絶の歴史を知り、先人たちが守ろうとしていた知の系譜、「伝統」を取り戻さなければ、欧米資本主義の限界を超える経営はできません。表面的な数字やテクニックを持ち寄っても、この文明規模の問題は解けないのです。
私たちは「何も知らない」ことを自覚し、これまでの常識を疑い、過去に戻るのではなく、過去に未来を見つける必要があります。
横のつながりと、縦のつながり
先人は、すでに
答えにたどり着いていた。
もちろん欧米の科学的分析思考や、小さな力で大きなものを動かすマーケティングの技術には、目を見張るものがあります。私たちはその優れたところを、謙虚に学び続ける必要があります。
しかし「成功」の名のもとに目に見える短期的な成果ばかりにこだわり、それらに毒されすぎた結果、人間的な善意や倫理観が失われたことも事実です。江戸時代の名経営コンサルタントとも言うべき、金次郎の言葉は、二百年の時を超えて、この偏りを言い当てています。
道徳なき経済は罪悪である。
── 二宮尊徳
経済なき道徳は寝言である。
神道と仏教、経済と道徳、そして和魂洋才と三方よし——。理屈では折り合わないこれらを、矛盾したまま調和させる叡智を、この国の先人はすでに備えていました。外来の思想を丸呑みせず、拒絶もせず、世界と適度な距離を保ちながら、日々の暮らしに合う形へ編み直して取り入れる。だからこそ、我が国は二千六百有余年という世界最古の歴史を刻み、争いのない縄文の世を一万三千年も紡ぐことができたのです。
一代で世界企業を築き上げた経営の神様も、晩年、日本の伝統精神をこの三つの言葉に凝縮しました。なかでも「主座を保つ」とは、外部のものを受け入れつつも、自己という軸を決して失わないこと。仏教も儒教も、そして西洋の技術さえも呑み込みながら、日本が日本であり続けた理由を、幸之助はそう洞察したのです。
異質なものを融合・融和させるこの「伝統」こそが、日本文化の核心です。二百年前の金次郎も、経営の神様も、同じ真理にたどり着いていました。
論理の限界を超えるイノベーションは、いつでも直感によって生まれます——しかしその野生の直感は、テクニックではなく「伝統」の土壌があって、はじめて成るものです。
ここまで書くと、単なる「お国自慢ではないか?」という声も聞こえてきます。しかし事実、世界の知性も、日本のその力に注目しています。例えばピーター・ティールとエマニュエル・トッドの対談(文藝春秋2026年5月号)では、こう語られました。
「日本はグローバリゼーションの影響を最も受けずに済んだ場所で、日本人全員が守り抜くべき特別な何かを持っています」
けれど
日本の伝統を経営視点で
学べる場所は、ほとんど
見当たらない。
(私が参加した限りでは)多くの交流会や勉強会は、形式的な名刺交換と売り込みが中心で、会の運営ばかりに気を取られ参加者が置き去りになっているか、ただ歴史の事実や道徳を語り合うだけで「今それをどう活かすか?」という視点が足りないか、のどちらかでした。
——あなたは、このような会に出てそんな物足りなさを感じたことはないでしょうか。
真の人脈は、名刺の数からは生まれません。学びの喜びを仲間とともに共有し、相手の成果を称賛してこそ、本当の繋がりができる。私たちは、そう考えています。
私たちの答え
そこで、おかげ塾。
──経営で、品性を磨く私塾。
かつてこの国には、松下村塾をはじめ、無数の「私塾」がありました。身分も業種も越えて集い、書を読み、志を語り、互いを磨き合う。明治日本を立ち上げたのは、この学問の伝統です。
失われた文化的規範を取り戻し、理屈では折り合わない矛盾を調和させる日本人の精神性を、商いのなかで発揮する社会起業家(アントレプレナー)を目指す。それが、溶け行く世界に流されず立つための、唯一の道です。
そのためには世界の中の日本——その歴史・伝統・文化を経営視点で学び、先人の知の系譜をたどり、自分がいま立っている場所を、その文脈のなかに位置づける。これにより自分のビジネスが選ばれる理由、経営理念(パーパス)を見つけ、新しい視点を導入し、ビジネスにイノベーションを起こす。
おかげ塾は、実践的な経営やマーケティングの手法を学びながら、世界を見渡し、歴史に学び、日本人としての記憶と霊性を取り戻す——ビジネスリーダーのためのリベラルアーツ私塾です。
ここまで読んでくださったあなたのご参加を、塾生一同心よりお待ちしております。

大きな気付きと、その向こう側へ。
おかげ塾 塾長 佐浦 有節

ハシラコンサルチーム / 本サイト開発者
市原 健太郎
パナソニックで15年、電池の生産設備・生産システムのエンジニアとして従事。米国EVメーカーの電池工場では新ラインの立ち上げと生産安定化をリード。日本の精神だけでも、アメリカの技術だけでも足りない——約5年の米国駐在で「和魂洋才」の必要性を肌で痛感する。塾長の志に共感し、古巣の創業者・松下幸之助の教えを、おかげ塾での学びと重ねながら、自身の「主座」を日々更新中。
「米国で痛感した『技術だけでは越えられない壁』の答え合わせを、おかげ塾でしている感覚です。当塾の理念に共感してくださる方と、共に学び、互いに高め合えたら嬉しいです。」
おかげ塾が目指すもの
学び、灯し合い、
商いを誠実に伸ばす。
おかげ塾が目指すのは——日本の伝統と、現代ビジネスの技巧を調和させる、現代の商人=アントレプレナー(社会起業家)の育成です。
道徳だけでも、営業だけでもない。「学問の伝統」を取り戻し、世界を見渡す起業家へ。各自が自分の持ち場で一つの灯りをともす(一燈照隅)。灯りが集まって、地域を照らす(萬燈遍照)。お互い様・お陰さまで商いが回り、感謝が集まる共同体を、もう一度この手でつくる。それが、おかげ塾です。

三つの学び方——月例勉強会(月2回、益城町テクノ・ラボにて開催)
- 現地参加定員あり
- ライブオンライン参加準備中
- 動画アーカイブ準備中
月例講義ワークショップの内容
神話と歴史、古典名著に学ぶ哲学、世界宗教、美術、政治経済など
経営戦略、マーケティング、コピーライティング、AIなど
その他、会員限定のオフ会・ツアーもあります。
学びの拠り所
三つの柱
吉田松陰『士規七則』が説く、学問の要諦を柱とします。
立志
りっし
志を立てる
何のために商うのか、自分の言葉で定める。
選友
せんゆう
友を選ぶ
灯し合える仲間と出会い、育て合う。
読書
どくしょ
古人を友とする
先人の叡智に、商いの目で学ぶ。
拠り所
人生の目的は金銭を得るに非ず。品性を完成するにあり。
人生の目的は金銭を得ることではない。品性を完成させることにある。
ここで磨くのは、テクニックの先にあるもの。あなた自身の人格と卓越性です。持続可能な文明を築いた日本の歴史と、天才思想家たちの叡智に触れながら、ビジネスの基本を学ぶ。
長期的な学びと短期的な学びを重ねながら、理屈では両立しないものを両立させる日本人としての融和の力が、あなたの商いのなかで働きはじめるはずです。
売り手よし、買い手よし、世間よし。持続可能な経営とは、その調和の別名なのです。